レジームの下のオシレーター
同じ十四本足オシレーターの二つの実装を、このモジュールの六十本の終値に走らせる。一方は70を超える値を十三回印字する。もう一方は一度も印字せず、45.1から67.5の帯を出ることがない。どちらも標準で、どちらも人が実際に発注しているプラットフォームに載っており、両者の違いは利益と損失をならす平均がどちらかという一点だけだ。しゃべるほうの版を取ろう。その四十六個の値のうち30を下回るものも一つもない。系列は5.8ポイント上昇し、59本中32本で高く引けているのに、である。オシレーターには上下の限界があり、ドリフトにはないからだ。そしてその十三回のあとに続くものは、何もない。後ろに五本の足がある十二回のうち、五本後に価格が高いのは7回、つまり58パーセントで、基礎率は58だ。70という値が実際に求めているのは平均利益が平均損失の七/三であることであり、値動きの大きさが等しければそれは十本中七本が陽線ということ、つまりごく普通の上昇の記述にすぎない。水準は最初から信号ではなかった。
前提条件: レッスン48。フィルターの遅れをその重みベクトルの一次モーメントとして定めた回であり、下の6.50と13.00はそこから来ている。レッスン36。そのefficiency ratioは作業表の十三個の値にわたって0.012から0.587まで動き、実は仕事をしている列がこれだと判明する。レッスン50。ある水準は、テープがどのみちやっていることの基礎率に突き合わせるまでは何の値打ちもないと定め、その二つを分けるのに609観測という値札をつけた回である。
一つの名前、二つの数
オシレーターは比であって、それ以上のものではない。直近十四本の足から足への変化を取り、上昇分を平均し、下落分を平均し、上昇分を両者の和に対する取り分として、百倍して示す。下落のない区間は100と読む。上昇のない区間は0と読む。それ以外はすべてその間に落ちる。そしてこの一文の中で判断が入る場所は、平均するという語だけだ。
その語がレッスン全体を背負っている。取り方は普通のもので二通りある。十四本足の窓での単純平均は直近十四回の変化を等しく重み付けし、それより古いものをすべて忘れる。レッスン48の一次モーメントで言えば、それは6.50本前の市場を記述している。ワイルダー自身の平滑化は1978年に指標とともに公表されたもので、新しい変化の十四分の一と、すでに保持していたものの十五分の十四を残す。つまり何一つ忘れることがなく、その一次モーメントは13.00本になる。どちらも十四期間の値と呼ばれる。一方は他方の二倍遅く、そして損失を最後まで手放すことがない。
両方を、三つの期間で、同じ六十本の終値に走らせる。
| 設定 | 値の範囲 | 70超 | 30未満 | レンジ |
|---|---|---|---|---|
| 7本足、単純 | 53 | 12 | 1 | 24.1〜100.0 |
| 7本足、ワイルダー | 53 | 9 | 0 | 37.3〜82.6 |
| 14本足、単純 | 46 | 13 | 0 | 36.7〜81.0 |
| 14本足、ワイルダー | 46 | 0 | 0 | 45.1〜67.5 |
| 21本足、単純 | 39 | 10 | 0 | 39.6〜77.4 |
| 21本足、ワイルダー | 39 | 0 | 0 | 47.2〜60.7 |
十四本足の二行を突き合わせて読んでほしい。ほとんど誰もが使う設定だからだ。同じ足の上で、同じ窓の長さで、どちらも名前を名乗る資格のある二つの平均から、買われすぎが十三回とゼロ回が出る。ワイルダー版は十四でも二十一でも、この系列では70をどちらの向きにも越えない。その全変動幅は十四で二十二ポイント、二十一で十三ポイントしかないのに対し、単純版は七本足で100に届き、24.1まで下がる。オシレーターには誰も表示しないつまみがあり、それは期間ではない。
仕組みは記憶である。単純な窓は最も古い変化を丸ごと落とすので、上昇が十四本続けば分母が空になり、値は100へ飛ぶ。ワイルダーの平均は何も落とさない。三十本前の損失も十四分の一の十四分の一として中に残っているので、分母は最後まで空にならず、値も最後まで伸びきらない。これはどちらの欠陥でもない。レッスン48が値札をつけたあの取引だ。より滑らかなフィルターはより遅く、より落ち着いている。そしてここで落ち着いているとは、戦略が前提にしている水準に届かないという意味である。
七十が実際に求めているもの
値を70と置いて解く。百かける平均利益を両者の和で割った値がちょうど70になるのは、平均利益が平均損失の七/三、すなわち2.3333のときだけだ。80なら四対一。30なら平均利益は平均損失の七分の三、すなわち0.4286を超えてはならない。
次に値動きに大きさを与える。窓の中の陽線も陰線もすべて同じ距離だけ動くなら、平均は本数の数えあげに縮み、値は高く引けた足の割合の百倍になる。したがってちょうど70という値は、ちょうど十本中七本が陽線ということだ。急騰でも、極値でも、行きすぎた市場でもない。七本上げて三本下げただけであり、それがごく普通の上昇を内側から見た姿である。
買われすぎという語の背後にある算術はこれで全部だ。少し腰を据えて眺める価値がある。この水準を使う人のうち、それを解いたことのある人はほとんどいないからだ。十本中七本は、トレンド相場なら日常的に満たし、レンジ相場ならほとんど満たさない条件である。値はあなたに、動きが行きすぎたと告げているのではない。直近十四本が一方に傾いたと告げているだけで、それは指標なしでも見えたことだ。
ここでは何一つ30を下回らない理由
四十六個の値があって30を下回るものが一つもない、というのは不具合のように見えて算術である結果だ。系列全体で最も低い値は28本目の36.7である。その窓には陽線が6本、陰線が8本あり、平均利益は0.6429、平均損失は1.1071なので、比は0.5806になる。30を印字するにはこの比が0.4286まで落ちなければならず、この幅の窓では、系列が決して作らない下落の連なりを要求することになる。
そして系列が決してそれを作らないのは、ドリフトしているからだ。六十本の終値は端から端まで5.8ポイント上がり、59本中32本で高く引けている。54パーセントである。0から100に挟まれたオシレーターはドリフトを表現できない。表現できるのは直近十四回の変化の均衡だけであり、わずかに上向きの均衡は値を59付近に停める。この系列の中央値がまさにそこだ。すると、あらゆる極値は50ではない中心から測られることになる。70を真ん中より上の距離として読む人は、間違った真ん中から、九ポイントずれて測っている。しかもその系列の語彙全体は四十四ポイント幅しかない。
十三個の値と、そのときテープが何をしていたか
以下は単純な十四本足版の買われすぎの値十三個すべてで、それぞれの横に二つの列を添えてある。二列目はレッスン36のefficiency ratioを、その同じ値で終わる二十本の足について計算したものだ。足の時点で分かり、描き直しは起きない。三列目は、その後の五本で価格が何をしたかである。
| 足 | 値 | Efficiency ratio、直前20本 | 五本後の価格 |
|---|---|---|---|
| 37 | 75.3 | 0.012 | -1.3 |
| 38 | 81.0 | 0.274 | 0.0 |
| 39 | 71.4 | 0.067 | +2.0 |
| 43 | 70.1 | 0.426 | +3.0 |
| 44 | 72.9 | 0.445 | +2.3 |
| 45 | 77.9 | 0.445 | +1.1 |
| 46 | 78.8 | 0.567 | +1.1 |
| 47 | 80.0 | 0.587 | -0.7 |
| 48 | 73.5 | 0.512 | +0.8 |
| 49 | 73.5 | 0.519 | -0.1 |
| 53 | 70.6 | 0.391 | -0.9 |
| 54 | 76.2 | 0.333 | +0.4 |
| 56 | 71.9 | 0.259 | データなし |
二列目を先に読み、一列目は読まないでほしい。値そのものは何も告げない。38本目の81.0のあとには変化がまったく続かず、表の中で最も穏やかな43本目の70.1のあとには、表の中で最大の上昇が続いている。代わりにefficiency ratioで並べ替えると、表は分かれる。0.30未満には後ろに五本の足を持つ値が三つあり、価格が高くなるのは1回。0.30以上には九つあり、価格が高くなるのは6回で、33パーセント対67パーセントになる。
これは言い伝えが予言するとおりの結果で、この話題の扱いはほとんどここで止まる。止まってはいけない。同じ分け方を買われすぎの足だけでなくすべての足に適用すると、0.30未満で55パーセント、0.30以上で67パーセントになるからだ。トレンドの区間では、買われすぎの値はどの足とも寸分違わぬものしか返さない。もみ合いでは、どの足よりも少なく返す。
信号はレジームである。オシレーターはそれを言うのに手間取るやり方にすぎない。
これで、言い伝えの正直な版は、普通に置かれている場所より二歩手前に下がる。買われすぎの値がトレンドでは継続、レンジでは反転を意味する、という話ではない。値は、自分が二つのうちどちらにいるかを知ること以上には何も足さない、という話であり、そしてどちらにいるかを教えてくれるものは、オシレーターがすでに使っているのと同じ窓の上での二行の計算だ、という話である。片方の数は平均した利益の平均した損失に対する比、もう片方は正味の移動を経路長で割ったもので、この表の二つの半分のあいだで答えを変えたのは後者だけだった。
何が残るか
二つある。そして一つ目は、期間を先へ延ばさなければ見えない。買われすぎの値から五本後に価格が高いのは12回中7回で、これは基礎率と桁まで同じだ。十本後には10回中9回で高く、90パーセント対基礎率78パーセントになる。九観測は何かを建てる土台にはならないが、それでも向きは名指しする値打ちがある。この系列では、誰もが売りとして扱う値のあとに、平均より多くの上昇が、早くではなく遅れて続く。トレンドがすでに立ってから発火する統計量に期待するとおりの姿だ。
二つ目は比そのものを、閾値ではなく記述として読むことだ。五十八・八がこの系列の平均の値、59.7が中央値であり、それを知るのに費用はかからず、水準の問題はその場で直る。オシレーターが59に住んでいる銘柄では、70という表示は二十ポイントではなく十一ポイント分の珍しさでしかない。自分の銘柄の中央値を一度計算すれば、これまで与えられてきたあらゆる水準が動く。
これで片づかないこと
十二個の値がレジームによる分割を立証すること。立証しないし、その分割にはこのページが選んだつまみが自前でついている。閾値0.30では二群は33パーセントと67パーセントを返す。閾値を0.25に動かすと50と60を返し、0.35に動かすと50と62を返す。低い群の三個は物語であって測定ではなく、この辺りの二つの率を分けるのに何がかかるかはレッスン50が値札をつけている。九ではなく数百の観測である。所見の向きは三つの閾値すべてで同じで、それがこの所見について正直に主張できる最大限だ。
十三対ゼロがあなたのチャートに移ること。仕組みはそのまま移り、数は移らない。ワイルダーの平滑化は、どの系列でも、同じ長さの単純な窓より必ず遅く、必ず狭い。重みがそうなっているからだ。その狭さが70を越えさせないのに足りるかどうかは銘柄がどれだけ走るかによるし、本当にトレンドしている市場では両方の版が越える。この系列が示すのは、その差が十三の信号とゼロの信号のあいだの全距離になりうるということであり、それだけで、次の取引の前に自分のプラットフォームへこの問いを立てる理由になる。あとからではなく。
オシレーターが、その使い手たちの思っている形で検証されたこと。このページは、印字された数から再現できる版であるという理由で、一つの構成について三つの期間と二つの平滑化で一つの閾値を検証しただけだ。もっと緩い版は検証しておらず、その中にはより良いものもある。値と価格のダイバージェンスは、レッスン34が数え上げ、誰も表示しないスイング設定に依存することを見つけたものだ。フェイリャー・スイング。五十の線の交差。70と30ではなく80と20の水準。このうち二つは同じ系列の上で一晩あれば検証でき、このレッスンはそれをしなかった。
efficiency ratioが表を分けるための清潔な道具であること。足の時点で分かり描き直しが起きないから使ったのだが、それでもレッスン38の問題を内に抱えた窓の測定であることに変わりはない。二十本足の値はその二十本のものであり、窓が動いたとき窓の統計量がどれだけ動きうるかはレッスン45が測っている。上の分割は十五本足の窓や三十本足の窓では違って見えるはずで、このページはそれらも走らせていない。仕事をしていると判明した列は、していなかった列と同じ病を持っている。
このどれかが、値が高いときに何をすべきかを教えること。教えているのは、行動の対象は値ではなくレジームだということだけで、より難しい問いはそのまま残る。三つのありふれた指標の十二通りの構成をチャートに載せれば、その大半はあなたがすでに思っていることに同意し、同意しないものは設定を一つ変えれば消せる位置にある。このページの算術が届く問題ではない。
練習問題
- オシレーターを二度計算し、差を数える。一銘柄の終値を六十本取る。十四本足の値を、直近十四回の利益と損失の単純平均で計算し、次にワイルダーの平滑化で計算し直す。ワイルダーは新しい変化の十四分の一と、保持していたものの残りを残す。それぞれで70を超える値を数える。この二つの数の差が、あなたのプラットフォームの平均の選び方があなたのために作った、あるいは壊した信号の本数であり、それを見せられたことは一度もないはずだ。十分。
- 同じ足の上で結果を基礎率に突き合わせる。70を超える値それぞれについて、五本後に価格が高かったかどうかを記録する。それがあなたの勝率だ。次に同じことを、買われすぎかどうかにかかわらず系列のすべての足について記録する。それがあなたの基礎率だ。前者が後者から明らかに離れていないなら、水準はあなたに何も告げていない。このレッスンの系列では、二つは桁まで等しい。三十分。
- 足の時点で計算できるレジームの尺度で分ける。70を超える値それぞれについて、レッスン36のefficiency ratioを、その足で終わる二十本について計算する。正味の変化を、足から足への変化の絶対値の合計で割ったものだ。それで値を並べ替え、自分の銘柄自身の中央値で二つに分け、それぞれの半分で五本後の勝率を計算する — そのうえでそれぞれの半分で基礎率も計算する。このレッスンが軸にしている比較はそれだからだ。十二個ではなく百個の値がたまるまで続ける。一晩。終わったとき、十三行のページが指し示すことしかできなかったものを、自分の銘柄について決着させる四つの数が手元に残る。
出典。 J. Welles Wilder Jr., New Concepts in Technical Trading Systems (Trend Research、1978年)。指数の元の定義と、上の表のゼロを生む平滑化について。十四本足の二行が食い違うのは、片方が彼のもので、もう片方がそうではないからだ。 Richard W. Hamming, Digital Filters (Prentice-Hall、1977年)。重みベクトルの一次モーメントとしての遅れについて。6.50と13.00はそこから来ており、二つの平滑化の差が市場についての事実ではなく重みについての事実である理由もそこにある。 Andrew W. Lo, Harry Mamaysky と Jiang Wang、「Foundations of Technical Analysis: Computational Algorithms, Statistical Inference, and Empirical Implementation」(The Journal of Finance、2000年)。このレッスンが借りている作法について。数えられるだけ正確にパターンを定義し、そのあとに続くものを、他のすべてに続くものと比べること。 Cheol-Ho Park と Scott H. Irwin「What Do We Know About the Profitability of Technical Analysis?」(Journal of Economic Surveys、2007年)。この種の結果は検証が厳しくなるほど弱くなるという概観の所見について。上の基礎率の列が指しているのはその向きだ。
オシレーターは平均した利益の平均した損失に対する比で、0から100のあいだに挟まれている。その水準が何を意味するかをめぐるあらゆる論争は、誰も表示しない二つの選択の下流にある。窓の長さと、それをならす平均の種類だ。このモジュールの六十本の終値では、その二つの選択が売り信号十三回とゼロ回の差になる。残るのは、値が直近十四本の均衡を記述しているということ、70は極値ではなく十本中七本の陽線だということ、そして自分がいるレジームがそのあとに続くもののすべてを説明するということだ。レッスン52はこのモジュールの最後の一歩であり、居心地の悪い一歩である。三つの指標をありふれた四つの遡り期間で走らせれば十二通りの構成になり、十二すべてが定義される39本の足のうち20本で、一方が強気を、別の一方が弱気を示す。半分の足で、まともな人が不正と呼ぶようなことを何一つせずに、自分の望むことを言ってくれる値を見つけられる。単一の指標についてどれだけ算術を積んでも解けない問題は、そこにある。
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